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この国を滅ぼしたくない

かつのりコラム

高橋かつのりが自身の考えや想いを綴るコラム『夢だより 風だより』

夢だより 風だより【第六十九想】
2005.10.01

学校の名画展

 町歴史民俗資料館において九月十七日までの日程で「学校の名画展」が開かれていた。町内の小中学校が所蔵する絵画の展覧会である。どの作品にも「美しいものに素直に心動かされること」の大切さと素晴らしさを子ども達に伝えたいという作者の思いが込められていた気がする。そして同時に私は、言葉の無力さも感じた。例えば加藤春峰画伯の「友だち」の中に表現されている中学生の心象風景を言葉で描ききれるかと問うた時、私は到底不可能と降参するしかないだろう。何万語をも費やさなければ表現し得ない事を一枚の絵画が表現しきってしまうことを目の当たりにして、あらためてその偉大さを感じたのだった。

 

 出品作品の中に北小学校が所蔵する旧文挟小学校を描いた絵があった。題名も作者も不明の作品だった。旧文挟小は現在の県営住宅の所、つまり烏山線仁井田駅の北東、県立高根沢商業高校の真東に昭和三九年十月二日まで存在した。現在の北小学校の新築落成にともない統合されたのである。

 

 実は私は生後六ヶ月から六歳まで、年号で言えば昭和三三年六月から昭和三九年三月まで、旧文挟小敷地内にあった官舎で育った。当時母は文挟小の教員だった。私の生れた宝積寺の家からこの官舎に父と母と三人で移り住んだということは、烏山線での通勤が可能であったという状況を考えると、私には知ることの出来ない家族内の諸々の事情があったのだろう。そして都合よく、使われていない官舎が空いていたということだろう。

 

 事情はいずれにしても、だから私の幼年時の記憶はすべて旧文挟小を中心としてある。私が四歳の時に生れた弟は、お産婆さんの手によってこの官舎で生れた。母の陣痛が始まって外で遊んでいるようにと言われた私が、元気な赤ん坊の泣き声に喜び勇んで縁側の障子を開けたときのお産婆さんとヤイちゃんおばちゃんの真っ赤々の手を、今でも鮮明に覚えている。

 

 ヤイちゃんおばちゃんは文挟小の用務員さんで、学校に併設された家に住んでいた。アキミちゃんとシーちゃんという息子さんが二人、それから腰の曲がったお爺さんがいた。お爺さんは腰は曲がっていても薪割りが上手だった。時計を見計らって授業の開始終了の振鈴(しんれい)を鳴らすのもお爺さんの仕事だった。

 

 官舎にはお風呂が無く、ヤイちゃんおばちゃんの家でいただいた。ご飯も数え切れないくらい食べさせてもらった。麻疹(はしか)に罹った時は、朝夕、皆で布団ごと官舎とヤイちゃんおばちゃんの家を往復した。フワフワといい気持ちでお殿様になったような気分だった。おばちゃんは釜の底に残ったご飯をいつも七輪で焼きおにぎりにしていた。これが食べたくていつまでも官舎に帰りたくなかった。ご飯一粒たりとも粗末にしない生活の中で、休む暇無く働くヤイちゃんおばちゃんはいつも石鹸のいい香りがしていた。

 

 今では信じられないし、不可能なことかもしれないが、当時私は文挟小の教室で時々授業を受けていた記憶がある。父母が仕事に出ている日中はいろいろな所や人に預けられたが、そのどれもが都合の悪い時には一人で日中を過ごすことになる。しかし一人遊びなどそんなに長続きするわけが無い。母が担任する教室の下に行っては校舎の板壁を拳でドンドンとたたく。困った顔をして母が窓から顔を出す。そして欠席している生徒の席に座って時間を過ごしたのである。もちろん授業の内容を理解できるわけが無い。とにかく静かにしていなさいとの母の言葉だけが耳に残っている。でも、きっと得意満面の顔をしていたに違いない。そう、映画「となりのトトロ」の中でメイが姉サツキの教室で過ごした時のように。

 

 今は保育園があり児童館や学童保育も整備されている。そんな環境の中でこの町の子ども達はどんな記憶を紡ぎ出しているのだろう。私にとって校庭のブランコから一人眺める夕焼け空は、一秒でも早く時間が過ぎて欲しいと願う空でもあったが、その寂しさを埋めて余りある愛情を私は多くの方々からいただいてきた。今私が何とか横道にもそれずに生きていられるのも、あの時に地域の方々からいただいた愛情が宝になっているからだとも思う。どうか、今を生きるこの町の子ども達の心の中に、宝物が宿ってくださることを願う。そしてその役割は大人が果たさなければならないのである。

■こちらのコラムに関して

こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
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