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高橋かつのりが自身の考えや想いを綴るコラム『夢だより 風だより』

夢だより 風だより【第百九想】
2011.11.01

再び「ハチドリのひとしずく」

 十月八日土曜日、本田技研様から寄贈いただいた事務机六十台、ファイルキャビネット百台、袖机五十台他ファイルやパソコン用デスクなど、十トントラック二台満載の支援物資を、陸前高田市に届けてきました。当初、本田技研様からは、不要になった事務机等を町へ寄贈したいとのことでしたが、町側からの、被災地であり町と民間交流のある陸前高田市に贈らせていただけないか、との提案に本田技研様も快諾してくださったのでした。

 支援物資の中には他に、町老人クラブ宝光会の皆様が心を込めて作ってくださったクッションや座布団、毛糸のマフラー、帽子、さらに飯室の古口様からの毛糸のトイレットペーパーホルダーがありました。これから寒くなるなかで、仮設住宅で暮らす方々に使っていただきたいとのことでした。品物の一つ一つには励ましの手紙も添えてありました。

 支援物資の積み下ろしは、陸前高田支援隊(鈴木克利隊長)や役場職員のボランティアが、運搬費用は陸前高田支援隊が負担してくれました。

 引渡し会場となった陸前高田高等職業訓練校跡地には、ゼロからの再出発を余儀なくされた事業者の方々が次々に訪れました。津波で奥様と娘さんを亡くされた海産物加工会社の社長は「しばらくは何もする気がせず、生きることも嫌になったが、こうやって心配してくれる人達がいることを思うと、少しずつ気力が戻ってきた」と言って、荷降ろし作業を手伝ってくれました。

 

 こんな話があります。ニューイングランドの精神病院で働く名も知れぬお掃除おばさんの話です。彼女の働く病院の地下室には「緊張型精神分裂病」と診断された十歳の少女がいました。何に対しても反応を示さずベッドにうずくまっている回復の見込みのない患者でした。彼女は、そんな少女の個室を毎日掃除します。食事を運び、反応のない彼女の傍らに置きます。そして少女の肩を箒の先でそっとつつきます。「あなたは一人じゃないんだよ。少なくとも、ここにあなたを気にかけている人間がいるんだよ」という思いを伝えたかったのです。掃除のおばさんにはこの程度のことしか、箒の先ほどの小さな愛の実践しか出来ませんでした。くる日もくる日も、彼女は箒の先でその少女を優しくつつき続けました。そして何週間か経ったある日、小さな変化が起こりました。ただ死を待つばかりだった少女が、自分の手で食事を受け取るようになったのです。さらに時が経つにつれ、少女はおばさんと話が出来るようにまでなりました。偉い医者たちでも、完全にお手上げだった少女は、やがて奇跡ともいえる回復を遂げました。

 それから何年か経った、あるうららかな春の日。その精神病院の院長は、アラバマ州のひとりの紳士から、ある依頼を受けました。その紳士のお子さんが、重度の障がい児で、世話をしてくれる人を探しているとのことでした。その頃、あの奇跡的な回復を遂げた少女は、二十歳になっていました。院長は、自信をもって、その彼女を、紳士に紹介しました。彼女の名は、アニー・サリバン。そう、ヘレン・ケラーの偉業を生みだした教師です。地下室でただ死を待つしかなかった、あの少女です。ヘレン・ケラーの世界的偉業は、アニー・サリバンがいたからこそ成し遂げられましたが、そのアニー・サリバンを創り出したのは、箒の先ほどの小さな愛を示し続けた無名のお掃除おばさんであったのです。

 

 以前の「夢だより風だより」で南米アンデスの民話「ハチドリのひとしずく」を紹介したことがあります。

 

 森が燃えていました。森の生きものたちは、われ先にと逃げていきました。

 でもクリキンディという名のハチドリだけは、

 いったりきたり、くちばしで水のしずくを、一滴ずつ運んでは火の上に落としていきます。

 動物たちがそれを見て「そんなことをしていったい何になるんだ」といって笑います。

 クリキンディはこう答えました。

 「私は、私にできることをしているだけ」

 

 私たちの力は本当に小さいものです。小さな高根沢町の出来ることも限られています。しかし決して忘れることなく、それぞれの立場で、それぞれが出来る範囲のことを続けていくことが大切だと思っています。

■こちらのコラムに関して

こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
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