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この国を滅ぼしたくない
かつのりコラム

高橋かつのりが自身の考えや想いを綴るコラム『夢だより 風だより』

名こそ惜しけれ
2021.04.03

 2030年に向けての論考を求められた。依頼者は、IT、IOT 、ロボット、リノベーション等の技術革新によって日本の未来を展望したいのだろうということは容易に分かった。しかし、敢えてそのことは避けた。

 

「名こそ惜しけれ」

 

 世の中は人である。どんなに素晴らしい考えに基づく仕組みであっても、それを動かすのは人である。資本主義の変遷、共産主義の興隆と衰退(滅亡?)という近代の歴史を見るがよい。すべては「人」に帰す事を見事に証明しているではないか。経済的利益のための「時代に対応した論理的思考」の文言はやたらと目につくが、「時代を超越した倫理的思考」はどこにいったのか?目先の利益をどう得るかという議論を否定するものではないが、目先の利益の議論は舞台の端でやっていただければ良い。「人」の議論無くして、そして「人」を育てずして2030年はないのである。
 稲盛和夫氏は著書で「地獄と極楽」について書いている。「地獄」も「極楽」も外見上は同じような場所で、唯一違うのはそこに住む人の心の有り様なのだと言う。地獄にも極楽にも大きな釜があり、お湯がぐつぐつと煮立ち、ウドンが茹でられている。釜の周りの人々は皆、お椀と1㍍以上もある長い箸を持たされている。地獄では皆が我先に争って長い箸を釜に突っ込んでウドンを掴もうとするが、箸が長すぎて自分の口に運べない。次第にイライラが募り、他人が掴んだものを無理やり横取りするためウドンは飛び散る。ついには殴り合いの喧嘩が始まり、阿鼻叫喚の巷と化してしまう。
 一方、極楽にいる者は、自分の長い箸でウドンを掴み、釜の向こう側の人の口に運んで食べさせる。すると、今度はお返しに、向こう側の人が食べさせてくれる。「極楽」では全員が穏やかに相手に感謝し、満ち足りた心となる。
 「名こそ惜しけれ」という言葉がある。自分は元環境庁長官故鯨岡兵輔先生の著作で知ったが、鎌倉武士の精神を象徴する言葉である。勤勉で礼儀を重んじ公のために自分を律する姿勢、恥ずかしい仕事はできないという職人気質、お天道様が見ているという健全な自己抑制の特性、我慢強さ。「名こそ惜しけれ、恥ずかしいことをするな」という精神は、我が国に地下水脈のように流れ続け、19世紀、欧米列強をして「日本を植民地にしてはならぬ」との判断をなさしめた。ポール・クローデル、イザベラ・バードをはじめ多くの方々が日本精神を賞賛した。国を守ったのは「金」ではなく、「人」だったのである。

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