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この国を滅ぼしたくない

かつのりコラム

高橋かつのりが自身の考えや想いを綴るコラム『夢だより 風だより』

夢だより 風だより【第二十二想】
2001.03.01

 2月15日、テノール歌手の新垣勉さんが高根沢町に来訪された。場所は町民ホール。小山教育振興基金事業による「心の教育講演会『自分を好きになろう』」。客席には町内小学校の5・6年生700人。

 

 新垣さんは今年49歳。生まれは沖縄。生まれてすぐ、助産婦さんの手違いで劇薬を点眼され視力を失った。父親は沖縄に駐留していたアメリカ空軍軍人で母親は日本人。しかし新垣さんに父親と母親の記憶は無い。父親はアメリカへ帰国し音信不通。育ててくれた祖母を母親と信じ込み、時々会いにくる母親のことを祖母は歳の離れた姉と説明したという。

 

 中学のとき出生のすべてを知った新垣さんは荒れに荒れた。自分を捨てた父と母、そして失明させた助産婦を探し出し、殺してやりたいと本気で考えたという。いじめ、孤独、さらには追い討ちをかけるような祖母の死。絶望の果てに井戸に飛び込んで自殺をはかったこともあった。

 

 そんな新垣さんを救ったのは城間祥介さんという牧師だった。城間さんは新垣さんを自宅に住まわせた。新垣さんにとっては生まれて初めての家庭の温もりだったという。その後、盲学校を卒業し、西南学院大学神学部、武蔵野音楽大学声楽科、同大学院を卒業し現在に至っている。

 

 新垣さんは言う。

 

 「自分がこうなったのは誰かのせいだ、という被害者意識から解放されたとき、母親がいとおしく思えてきて涙がこぼれました。アメリカにいるお父さんに会うことが出来たら、こんなにすばらしい声を授けてくださってありがとう。もう恨んでなんかいませんよ、と言ってあげたい」

 

 「トランペットはトランペットの音を、ヴァイオリンはヴァイオリンの音を懸命にだせばそれでいいのです。常に他者との比較の中で生きるのではなく、私でしか生きることのできない人生があるはずです。それはナンバーワンの人生ではなくオンリーワンの人生だと思います。」

 

 そして子どもたちには優しく、こう言われた。

 

 「心の栄養、心のビタミン。これが一番大切なのですよ」と。

 

 子どもたちは新垣さんの講演をどう受け取っただろうか。子どもたちの感想文を読ませてもらった。ハンデキャップを乗り越えたすごさ、前向きに考えるプラス思考の大切さ、自分を好きになることが心の栄養になること、そしてどの子どもたちもたいへん感動したと書いてあった。

 

 そんな感想の中に「お父さんやお母さんはどれくらい辛い気持ちで新垣さんを置いていったんだろう。助産婦さんは失明させてしまってどんな気持ちでいたんだろう」と書かれたものがあった。ここには、新垣さんにたいする感動が昇華して、加害者にならざるを得なかった人たちにたいする思いやりがある。この児童は新垣さんからたくさんの「心の栄養とビタミン」をもらったにちがいない。

 

 すばらしい講演会であった。

■こちらのコラムに関して

こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
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