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高橋かつのりが自身の考えや想いを綴るコラム『夢だより 風だより』

夢だより 風だより【第九十二想】
2009.12.01

愛の基金

 社会福祉協議会に「愛の基金」があります。この基金は昭和58年に社会福祉事業の振興を図るという趣旨のもと造られました。広報たかねざわの愛の基金コーナーでは、この基金に寄せられる浄財を、毎月報告しています。亡くなられた方のご遺志としての寄付や、地域、団体の催しでの益金など、真心こもったご寄付に感謝の気持ちで胸が一杯になります。

 

 寄付の報告の中に、毎月「匿名」のものがあり、前々から気にかかっていました。匿名ですから名前を出すわけにはいきませんが、仮にNさんとしておきます。先日そのNさんにお会いする機会がありました。

 

 Nさんは、生まれてすぐにお父さんを亡くされました。一家の大黒柱を失った中で、お母さんが働きながらNさんを育てられました。母親の愛情が一番欲しい時期でしたが、お母さんの仕事の関係で一緒に暮らすことができず、Nさんは親戚に預けられました。当時はまだ日本が豊かでない時代。社会保障や福祉よりも、国を豊かにすることが優先された時代でした。Nさんやお母さんのご苦労がどのようなものだったか、想像するに難くありません。でも、Nさんの口からは、愚痴や恨み言や苦労のことなど、一言も出てきませんでした。Nさんはこんなことを話してくれました。

 

 「母とは離ればなれの暮らしでしたが、親戚の家は私を大切に育ててくれました。でも母が一生懸命に働いても、私は貧しい身の上でした。小学校のとき、ノートや鉛筆などの文房具も十分には揃えることができないなかで、担任のA先生が時々声をかけてくれました。他の同級生には分からないように、文房具や生活に必要なものなどをくださったんです。しかも恩をきせるようにではなく『先生はNくんの喜ぶ笑顔が大好きだから、これを受け取ってくれたら先生も嬉しいな』と言いながら。たぶん、あれは町の制度として、母子家庭や貧しい児童に対する援助だったんだと思います。お陰で、私には楽しい思い出しか残っていないんです。だから、可能な限り、少ない金額で恥かしいんですが、毎月の寄付は続けていこうと思います。」

 

 町からの援助が、N少年の寂しさや悲しみを埋めることなど到底できなかったと思います。自分の境遇を恨み、ひねくれてしまったとしても誰も責めることが出来ないような幼少期。でもNさんは感謝の思いだけなのだと言うのでした。

 

 「愛の基金」は高根沢町社会福祉協議会が管理運営しています。今年もこの基金から、準要保護児童・生徒(収入が不安定などの理由により経済的に困窮している家庭の児童・生徒)などへの歳末見舞金贈呈、母子家庭や父子家庭を対象とした交流会、牛乳配達などによるひとりぐらし高齢者の見守り活動、高齢者同士のふれあいの場づくり、介護ベッドや車椅子などの貸し出し、障害児のためのおもちゃ図書館、視力障害者への朗読テープ配付、手話講習会、その他多くの福祉事業などに支出する予定です。これからも皆様の真心を生かすことのできるよう、理事会、評議員会での協議を経て、大切に使わせていただきたいと思っています。

■こちらのコラムに関して

こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
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