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高橋かつのりが自身の考えや想いを綴るコラム『夢だより 風だより』

夢だより 風だより【第六十五想】
2005.05.01

子どもが育つ魔法の言葉

 二月二十三日、四十五歳の誕生日を迎えられた皇太子様は、記者会見で米国の教育学者ドロシー・ロー・ノルトの「子ども」という詩を朗読されました。大きな反響があったことは皆様もご存知だと思います。最近、その時に朗読された詩とは別の「子は親の鏡」という詩を見つけました。

 けなされて育つと、子どもは人をけなすようになる

 とげとげした家庭で育つと、子どもは乱暴になる

 不安な気持ちで育てると、子どもも不安になる

 「かわいそうな子だ」と言って育てると、子どもはみじめな気持ちになる

 子どもを馬鹿にすると、引っ込みじあんな子になる

 親が他人を羨んでばかりいると、子どもも人を羨むようになる

 叱りつけてばかりいると、子どもは「自分は悪い子なんだ」と思ってしまう

 励ましてあげれば、子どもは自信を持つようになる

 広い心で接すれば、キレる子にはならない

 誉めてあげれば、子どもは明るい子に育つ

 愛してあげれば、子どもは人を愛することを学ぶ

 認めてあげれば、子どもは自分が好きになる

 見つめてあげれば、子どもは頑張り屋になる

 分かち合うことを教えれば、子どもは思いやりを学ぶ

 親が正直であれば、子どもは正直であることの大切さを知る

 子どもに公平であれば、子どもは正義感のある子に育つ

 やさしく、思いやりをもって育てれば、子どもはやさしい子に育つ

 守ってあげれば、子どもは強い子に育つ

 和気あいあいとした家庭で育てば、

 子どもは、この世の中はいいところだと思えるようになる

 なるほどとうなずきながら読みました。そして、ある本を思い出しました。それは島田洋七著「佐賀のがばいばあちゃん」(徳間文庫)という本でした。著者は漫才コンビB&Bで一九八〇年に漫才ブームを巻き起こした島田洋七です。「モミジまんじゅう」というギャグをご存知の方もいると思います。「がばい」とは佐賀弁で「すごい」という意味だそうです。

 

 四十七年前、小学校二年生の時に島田さんは、お母さんの故郷である佐賀県でおばあさんと二人で暮らすことになりました。以来中学卒業までのおばあさんとの暮らしが綴ってありましたが、読みながら私は、笑ったり泣いたり、とても忙しかったことを覚えています。

 

 佐賀での暮らしは毎日の食事にも事欠くようなとても貧しいものでした。ある時の夕ご飯、「ばあちゃん、この二、三日ご飯ばっかりでオカズがないね」と言うと、ばあちゃんはアハハハハと笑いながら「明日はご飯もないよ」と答える。翌日本当に一粒も米が無くなり、「ばあちゃん腹減った」と訴えると、「夕飯は毎日食べるものじゃなか」、夜中に空腹のあまり目がさめると「それは夢じゃ」、朝は朝で「朝飯は昨日食べたじゃろ、はよ学校行って給食ば食べてこい」とこんな調子だった。ばあちゃんは「貧乏には二通りある。暗い貧乏と明るい貧乏。うちは明るい貧乏だからよか。自信を持ちなさい。うちは先祖代々貧乏だから。」と喝破し、「今のうちに貧乏しておけ!金持ちになったら、旅行へ行ったり寿司食ったり、着物を仕立てたり、忙しか。」と笑い飛ばした。島田さんがおずおずと、一と二だらけの通信簿を見せれば、「足せば五になる。人生は総合力」と励ました。極貧の中で、家に入ってきた泥棒に飯を食べさせ、風呂には必ず毎日入り、ご先祖の供養には金をケチらなかった。「ケチは最低!節約は天才!」「暑い、寒いとうるさく言うな。夏は冬に感謝し、冬は夏に感謝しんしゃい」

 

 ばあちゃんは毎朝四時に清掃の仕事に出かけた。だから幼い島田さんは、毎日カマドでご飯を炊き、仏前にお供えをしていた。そんな貧しく厳しい暮らしを振り返り島田さんはこう言っている。「あの当時、ばあちゃんが貧乏を不憫に思って俺にすまないねえと言っていたら、俺は世間を逆恨みして違った道に進んでしまったかもしれない。」

 

 佐賀のがばいばあちゃんは教育学者でもなんでもありません。しかし、まさにドロシー・ロー・ノルトの詩をそのまま地で行っていたのです。そしてこの高根沢町にもそんな「ばあちゃん」がきっと居たにちがいないありませんし、今でもいらっしゃるのです。じいちゃん、ばあちゃん、いよいよ出番なのです。

■こちらのコラムに関して

こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
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