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高橋かつのりが自身の考えや想いを綴るコラム『夢だより 風だより』

夢だより 風だより【第三十一想】
2001.12.01

 ホウレンソウの根っこに近い赤いところは私の大好物だ。小さい頃、祖父がいつも言っていた。「この赤いところには栄養がいっぱいあるんだよ。子どもは葉っぱよりも根っこを食べなさい」と。寒くなってくると野菜があまくなる。ホウレンソウの赤いところもあまい。陽の光と大地が作り出した上品な甘さがある。ありがたくも陽光と土の生命を喰らうかのようだ。

 

 そんなことを思っているときに、児童館みんなのひろばが毎月発行している「おねえさんだより12月号」を読んだ。この時期の野菜のあまさの秘密が解けた。君島おねえさんの文章にはこうある。「野菜にはたっぷりと水分がありますね。それが夜の冷気で凍ると野菜は枯れてしまいます。そこで野菜は冷気から自分の身を守るために、せっせと糖分を蓄えるのだそうです。厳しい自然から身を守る知恵を、冬の野菜は身に付けているというのです」子どもたちをいつも、大きく大きくつつみこんでやまない君島のおねえさんの文章は続く。「人間も厳しい環境に鍛えられてこそ、ほんとうにうまみのある人間に成長できるのではないか、と思うわけです。そして、我が子が厳しさに向き合ったときに、すぐ救いの手を出そうとせずに、じっと(がまんして)見守れる親になりたいですね。我が子が自らの力でうまみを蓄える知恵を身に付けることを祈りながら」と結ばれている。

 

 はやいもので今年も、すでに十二月。「二十歳越え 時の流れの はやさかな」とは拙句だが、まさに光陰矢の如し、一秒たりとも無駄にできない、もったいない。そんな気持ちで今年を振り返ってみる。

 

 伏久の皆さんは地域で蛍を守っている。用水には鯉を放流し、蛍や鯉のいる川はけっして汚さない。それもこれも「子どもたちの心の奥深くに故郷を残したい」一心からだ。ふるさと伏久を守る会の鈴木定次さんは阿久津小での授業にも協力いただいた。子どもたちは定次さんから「自分でやってみること」の大切さを学んだ。宝物をいただいたのだ。

 

 町民ホールでおこなわれた「外国人日本語スピーチコンテスト」(いっくら国際文化交流会主催)では、高根沢在住10年のイラン人・ナーデルさんが準優勝に輝いた。会場では町の日本語教室の先生方が見守っていた。私は、先生方の顔を見たときに涙がこぼれそうになった。先生方の無償の行為がどれだけ多くの方々に生きる力を与え、政治家の外交論議をはるかに超える友好を育ててきたか。ただただ頭が下がる思いだった。

 

 町の玄関であり「顔」でもある宝積寺駅。駅前広場と公園はいつもきれいだ。花壇の整備、花いっぱいのプランター、そして清掃。西町のボランテイアグループ「みらい」の皆さんである。このことに気付いている人は少ない。「みらい」の皆さんは地域をきれいにすると同時に「心」をきれいにしているのだと思う。

 

 「炭焼き愛好会」。この皆さんは実に楽しそうに炭を焼き、木酢・竹酢液を作っている。個の楽しみが普遍性を持ったときに、ローカルがグローバルに通じたときに、はじめて本物であることを私は知った。皆さんはおくびにも感じさせないが、知らず知らずのうちに地球環境を守っている。肩肘張らず、恩着せがましくなく、何のてらいもなく。

 

 ここに書いたことはほんの一部にすぎない。寺渡戸の河川愛護活動、宝石台の町有地管理の試み、生徒児童の牛乳パックリサイクル、そしてJA青年部による「学校給食応援隊」など。まだまだ書き足りないことが山のようにある。それぞれの地域で、生きることの厳しさに耐えた「ホウレンソウの根っこに近い赤いところ」のような人たちがこの町を支えている。私は仕事をとおして毎日のように、そんな人々に接し、大きな力を与えられている。つくづく生きていてよかったと実感する。

 

 高根沢町の二〇〇一年よ、ありがとう。

■こちらのコラムに関して

こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
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