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高橋かつのりが自身の考えや想いを綴るコラム『夢だより 風だより』

夢だより 風だより【第八十四想】
2009.04.01

また一つ町の宝物が見つかりました

 三月二十二日、町民ホールにて「菅野祐悟(かんのゆうご)スプリングコンサート」が開催されました。菅野祐悟?誰?と思われる方が多いと思います。菅野さんは高根沢町出身の作曲家です。ご実家は仁井田にあって、ご両親は高齢者福祉の分野でご活躍をされています。また、「助け合い」や「絆」という地域を創る上で最も大切な考え方をいち早く提唱された私の尊敬する方でもあります。

 

 彼の作曲した作品はたくさんあって、すべてを書くとこのページが終わってしまいますが、私が思うテレビドラマの代表作を挙げると次のようになります。

 

 二〇〇四年 「ラストクリスマス」(織田裕二主演)を最年少(二十七歳)で担当しました。

 二〇〇五年 「エンジン」「あいのうた」

 二〇〇六年 「アテンションプリーズ」「サプリ」

 二〇〇七年 「明智光秀~神に愛されなかった男~」「ホタルノヒカリ」「ガリレオ」「SP(エスピー)」

 二〇〇八年 「イノセント・ラブ」「赤い糸」

 二〇〇九年 「キイナ~不可能犯罪捜査官~」

 

 あーあのテレビドラマかと思い出していただけたかと思います。

 

 コンサート当日に配られたパンフレットに菅野さんの文章が載っていました。「こんにちは!菅野祐悟です。僕はこの高根沢町で青春時代を過ごしました。そしてジャズや映画音楽にどっぷりはまり作曲家になることを夢見ていました。僕の音楽家への原点ともなったこの町には知人、友人も多くたくさんの思い出が詰まっています。(中略)僕を育んでくれたこの町の人々に恩返しの意味も込めて、(中略)精一杯の演奏を披露します。」

 

 大勢のオーケストラを率いて、指揮だけでなく自らピアノを弾きながらのコンサートは素晴らしいものでした。そして、曲と曲の合間に訥々(とつとつ)と語る菅野さんの言葉からは、ふるさと高根沢に対する言葉以上の思いが伝わってきたのでした。「国家の品格」の著者藤原正彦氏はこんな文章を書いています。「ノーベル賞受賞者やそれに匹敵する人達の住んでいた街は皆、美しい町であり、優れた人材を生み出す為には美しい環境がなければならない」と。音楽界で大活躍されている菅野さんの才能を開花させたものが、たんたん田んぼの高根沢の豊かな田園風景や、朴訥(ぼくとつ)だけれども情け深き町民の方々との絆であったとしたら、こんなにも嬉しく、また誇りに思えることはありません。

 

 コンサートの最後の曲の前に、菅野さんはご両親への感謝の言葉を述べられました。どんなに厳しい環境の中にあっても信念に生きる親の背中を子に見せ続け、祐悟さんの不遇の時代にもご子息を信じ支えてこられたご両親への感謝の言葉は、満席に近い聴衆の心に迫るものがありました。祐悟さんを支え、素晴らしい作品を生み続けるその源は、実はこの感謝の心の中にこそあるのかもしれません。「幸せとは、自分ならではの天分を生かし、それが他者の役に立ち、その結果、自らに誇りを持てるようになった時に感じるもの」とは松下幸之助翁の残された言葉ですが、祐悟さんの姿を観ながら、この言葉は本当だなと納得している自分がいたのでした。

 

 今回の企画は町民ホール自主事業運営委員会(尾田忠則委員長)のご努力によって実現しました。尾田委員長によれば「菅野さんの曲を高根沢町で聴きたい想いに駆られ直接本人に電話し快諾をいただいた。しかも特別料金で。」とのことでした。菅野祐悟さん、自主事業運営委員会の皆さん、その他多くの皆様のお力に感謝申し上げます。

 

 おかげさまで、また一つ、町の宝物を見つけることができました。

■こちらのコラムに関して

こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
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