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この国を滅ぼしたくない

かつのりコラム

高橋かつのりが自身の考えや想いを綴るコラム『夢だより 風だより』

夢だより 風だより【第二十六想】
2001.07.01

 暗くなるのを待っていたかのように、水辺の草むらで緑がかった光が点滅しはじめる。その光に呼応するかのように、いくつもの光が浮かび上がってくる。やがて水辺を離れた無数の光は、己が好むごとくそれぞれに舞いはじめる。フワリフワリと柔らかく。

 

 舞の輪の中に静かに手を出していると、何の警戒心もないかのように光は手のひらにおさまってくる。大人も子供も言葉を失う。感動のあまり目が点になるとはまさにこのことだ。「魂」というものが存在するとすれば、たぶんこんな動きをするのだろう。

 

 こんな光景が毎年、伏久の水路で繰り返されている。この蛍を守っているのは伏久の人たちだ。「ふるさと伏久を愛する会」の鈴木定次さんは蛍の生息に必要な環境として次の4条件をあげる。農薬がないこと。餌となるカイコ(カワニナ)があること。草があるていど茂っていること。水がきれいなこと。

 

 水路の周辺は高根沢でも代表的な農村地帯である。その中で農薬を減らし水路の草刈をしないということは、省力化と生産性向上を目指してきた近代農業の手法とは正反対のことになる。そのぶん手間をかけ汗を流し、収量が減ることも承知のうえだろう。

 

 蛍の乱舞する光景に感動して言葉を失ったのと同じように、私は、伏久の皆さんの蛍を守る心の有りように感動して言葉を失う。同じ町に生き、同じ空気を呼吸していることを誇りに思う。

 

 映画「ホタル」(主演 高倉健)が現在劇場公開されている。この映画は、戦争で出撃する特攻兵と、戦友や出撃を見守った女性たちの思い出を巡る物語だ。鹿児島県知覧町にあった特攻基地から出撃する宮川軍曹は戦友たちにこう言って出撃する。「死んでもホタルの姿で戻ってくる。ホタルが来たら、僕だと思って追っ払わないで、迎えてください」。果たして、宮川軍曹は戦死し、次に出撃する戦友たちが酒を酌み交わしている時、闇の中にかすかな光を放つホタルが浮かびあがる。戦友たちが「宮川、宮川」と叫ぶと、納得したようにどこともなく消え去る。

 

 蛍に魂を重ね合わせる時、蛍を守ることは先祖に対する最大の敬意であることにいきつく。そして、自分たちが今持っているものが、自分たちだけの持ち物ではなく、これから生まれ来る者たちの持ち物であることにも気付くのである。

 

 鈴木定次さんは言う。「若い世代がいずれここを出ても、自分の子供を連れて帰ってきてくれるようになればいいですね」と。

 

 将来、伏久の子供たちは蛍にご先祖の御霊を重ねながら必ず言うにちがいない。「おじいちゃんたちが頑張ってくれたから」と。

 

 「最近、蛍を見に来る人の中に捕まえて持ち帰る人がいて蛍の数が減ってきている」と鈴木さんは嘆いておられた。人間として哀しい、そしてもっとも恥ずべき行為であると思う。伏久の皆さんの心を理解してほしい。

■こちらのコラムに関して

こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
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