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高橋かつのりが自身の考えや想いを綴るコラム『夢だより 風だより』

夢だより 風だより【第十八想】
2000.10.01

 郷土の生んだ文豪 山本有三の戯曲に「米百俵」がある。

 

 戊辰戦争(1868年)で焦土と化した長岡藩(現在の新潟県長岡市)に、支藩の三根山藩(現在の新潟県巻町)から見舞いとして百俵の米が送られてきた。藩の大参事(家老に相当)小林虎三郎は、食べるものにも事欠くほど窮乏を極めていた藩士に米を配分せず、「早く、米を分けろ!」といきり立つ藩士にたちに向かって、「この米を、一日か二日で食いつぶして何が残る。国が興るのも、町が栄えるのも、ことごとく人にある。食えないからこそ、学校を建て、人物を養成するのだ」と訴え、米を売却してその代金を国漢学校建設の資金に充てた。国漢学校には、藩士の子弟だけではなく町民や農民の子供の入学も許され、長岡の近代教育の土台が築かれた。これが長岡のまちづくりに連綿と受け継がれている「米百俵」の精神である。

 

 そして大正時代には、草創期の国漢学校に学び、「米百俵」の精神を最もダイレクトに学んだ、当時60歳を越えた市民有志によって「人生の終わりを全うせしむるに自己の私財を善用し、末を誤ることなかれ」と訴えた「令終会」が結成され、悠久山の公園化とそこに至る道路の整備が市民の手で行われた。いまこの悠久山公園は市民の心の拠り所として長岡を代表するものの一つとなっている。

 

 現在では「長岡市米百俵財団」がその精神を継承・発展させ、社団法人化された「令終会」はあらたに「雪国植物園」を市民自らの手で管理運営している。その理念は、里山の自然生態系の保護ははもちろん、市民の社会参加(ボランテイア)の受け皿、子供たちへの情操教育の場の提供、雇用の創出と観光資源・市民の憩いの場としての地域社会の活性化である。

 

 実はこれらのことは、8月の末に「第14回自治体学会新潟・長岡大会」に参加して学んだことであった。美談を学んだのではない。この歴史の根底にある税の使い道に感じることが多かったのである。

 

 過日、アイスホッケーチーム「日光バックス」の支援者が県知事に支援を要請する場面に同席する機会があった。そのときも思った。行政が支援するのであればただ単に金を出すのではなく、たとえば社会体育の一環として全県的にアイスホッケー教室を展開し、その講師には「日光バックス」の選手になってもらい、講師料という形で支援の金を使っていく。場合によっては、県下の子供たちを日光に集め大合宿を行ってもいいだろう。

 

 そうすることによって、選手たちは自らの汗の代償として支援金を受け取るのであり行政とは対等の立場である。人間としての誇りを損なうこともない。また教えを受けた子供たちは、少なからずサポーターとして成長し、将来の支援者になるのではないだろうか。ただ単に金を出すのとは雲泥の差があるのである。

 

 そんな考えで町内を見渡すとどうか・・・。

 

 たとえば、毎年草刈等の管理費がかかっている遊休町有地。もしも地域の皆さんが、住民の交流や活性化のためにその土地を有効に利用してくださるのならば、その活動を支援するためのお金として管理費を出せないだろうか。そのほうがどんなに生きたお金になることか・・・。

 

 地域で大人と子供が一緒になって、遊休町有地で農作物を作ってもいい。素敵だとは思いませんか?

 

 きっと土まみれで作業をするお父さんの背中は子供たちにとって尊敬の対象になるであろうし、そういう事を尊敬しつづける人間を創っていける高根沢町でありたいと思う。

 

 制度上、整理しなければならないことはたくさんある。しかし、今回も、夢は際限なく広がってしまうのでありました。

■こちらのコラムに関して

こちらのコラムは、高橋かつのりが高根沢町長在任時、高根沢町の広報誌『広報たかねざわ』で執筆していたコラム『夢だより 風だより』を、高根沢町の許可を得て転載しております。
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